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キリスト伝道隊
♱✡ 異邦人の完成とユダヤ人の回復を祈る教会 ✡♱
みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても
しっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、
絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
テモテへの手紙 第二 4:2


イエスの杯とバプテスマ
2026.06.14 「イエスの杯とバプテスマ」 ◎マルコ10:35~40 イエスさまは、権力の座を求めてきたヤコブに「わたしが飲む杯を飲み、わたしが受けるバプテスマを受けることができますか」と痛烈な問いを投げかけられました。 ヤコブはその本当の意味を全く理解しないまま、「できます」と無邪気に答えました。ヤコブは情熱的にイエスさまに従った一方で、人を押しのけてでも自分の正しさを証明しようとする、野心と怒りに満ちた不完全な人物でした。サマリヤの村で歓迎されなかった時には、「天から火を降らせて焼き滅ぼしましょうか」と息巻き、「雷の子」と呼ばれていました。本来ならば、他者を排斥しようとするヤコブ自身こそが、神さまの裁きの「杯」を飲まなければならない存在だったのです。 しかし、イエスさまは私たちが飲むべき「呪いと裁きの杯」を、十字架の上で代わりに飲み干してくださいました。私たちが受けるはずの刑罰をイエスさまが担い、その苦しみにどっぷりと浸される(バプテスマ)ことによって、私たちの罪は赦されたのです。 だからこそ、私たちはもはや自分の正しさを証明す

みたまキリスト教会
5 日前読了時間: 2分


奴隷の子か自由の子か-比喩に基づく議論-
2026.06.07 「奴隷の子か自由の子か-比喩に基づく議論-」 ◎ガラテヤ4:21~31 パウロは、律法を守ることで救われようとする「律法主義(ユダヤ主義)」に傾きつつあったガラテヤの教会に対して、創世記に登場するアブラハムの2 人の妻(ハガルとサラ)と2 人の息子(イシュマエルとイサク)の物語を「比喩(寓意)」として用い、「律法(奴隷の身分)」と「神の恵み・約束(自由な身分)」が絶対に両立しないことを論証しています。 1. 2人の息子と 2人の母の対比(4:21〜23) パウロは創世記の記述をベースに、2人の誕生の背景の違いを強調します。女奴隷ハガルの子(イシュマエル):人間の知恵や努力(肉)によって生まれた。これは「自分の行いや律法によって義と認められようとする姿」を象徴します。自由の女サラの子(イサク):人間の不可能性の中で、神の「約束」によって超自然的に生まれた。これは「神の恵みと信仰によって新しく生まれたクリスチャン」を象徴します。 2. 2つの契約の比喩的解釈(4:24〜27) パウロはこの 2人の女性を「2つの契約」に重ね

みたまキリスト教会
5 日前読了時間: 2分


産みの苦しみ-感情に基づく議論-
2026.05.31 「産みの苦しみ-感情に基づく議論-」 ◎ガラテヤ4:12~20 パウロはガラテヤ人たちを「兄弟たち」と呼び、自らを信仰の手本として示します。パウロ自身がキリストを信じたことで律法から自由(異邦人のよう)になったように、回心後に再び律法の下に入ろうとしているガラテヤ人たちに対しても、自分のように律法から自由になるよう懇願しています。 最初の出会いと歓迎: パウロが最初にガラテヤ地方で福音を伝えたのは、彼自身の「肉 体の弱さ(病気など)」がきっかけでした。その弱さは周囲から軽蔑されかねないものでしたが、ガラテヤ人たちはパウロを「神の御使い」や「キリスト・イエス」であるかのように温かく受け入れ、当時は「自分の目をえぐり出して与えたい」と思うほどの大きな喜びと感動に溢れていました。 態度の変貌: しかし現在、彼らはその感動を失い、真理を語り続けるパウロを「敵」とみなすような危険な状態に陥っています。 律法主義者の策略: ガラテヤ人を取り込もうとする律法主義者たちの熱心さは、善意からではなく「自己中心的」なものです。彼らの狙い

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