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執筆者の写真みたまキリスト教会

「いまイエスに心を向けて」

2023.02.12



◎Ⅰサムエル11:1~7

かつて一人のレビ人の偽証によって虐殺されたベニヤミン族と共に、苦難を通ったヤベシュ・ギルアデの人々に危機が迫ります。(士師記19~21章)偶像を拝み子どもを焼き殺す、アンモン人の王ナハシュが攻めて来たのです。ところがヤベシュ・ギルアデの人々は、神にではなく、敵の王に助けを求めてしまいます。その降伏条件は、全ての人の右目をえぐり取ること。降伏しても結果は悲惨です。彼らの嘆きが満ちた時、奇しくも、牛を追いかけていたベニヤミン族のサウル王の耳に、絶望の声が届きます。神の時は絶妙です。必要な叫びを、聞くべき人へ、同じ苦難を通ってきた部族であるサウル王様へと届けられます。神の計画は完全で、人の思いをはるかに超えて、すべてを通してよいことをなさいます。サウル王は聖霊に満たされ、心を奮い立たせ、人々を励まし、一致して神に心を向け、大勝利を得ます。その直後、サタンは誘惑してきます。自分の名声や、力を示さないか?と。(11章12節)サタンは狡猾です。ほっとしたすきを狙い、人々を正義感で高ぶらせ、他人の罪を赦せなくさせます。それもサウル王が慕うサムエルに、民が提案するずる賢さ。神によって建て上げられていく愛の関係を、教会を打ち壊そうと、私たちの心を高ぶらせるのが、サタンの狙いです。神と人、さらには人と人との間に入り、尊敬を、謙遜を、愛を、喜びを失わせようと狙っています。日々霊的な戦いのある私たちは、サウル王様の姿から、謙遜を学びたいと願います。13節『サウルは言った。「今日はだれも殺されてはならない。今日、主がイスラエルにおいて勝利をもたらしてくださったのだから。」』罪から救う神の赦しと愛の心で、自分に悪態をついた人たちを裁くことはせず、勝利したのは主なる神であると宣言し、神に栄光を返すのです。この後イスラエルの人々は、サムエルを通して、まことの王である神よりも人間の王に心を傾けた罪を認め、心を神に向き直しました。悔い改めです。12章22節『主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。』見捨てられたと思わせるのは、自分自身の罪がひきよせる悪魔の惑わしです。神さまはいつでも、私たちの心が神に向き直ることを待っていてくださいます。神の愛は永遠に変わらないからです。救いの神に心向け頼るとき、私たちをイエスの愛で包み赦し、赦すことを教えてくださいます。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・森田学師>

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