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キリスト伝道隊
♱✡ 異邦人の完成とユダヤ人の回復を祈る教会 ✡♱
みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても
しっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、
絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
テモテへの手紙 第二 4:2
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救い主の誕生の知らせ
2026.09.13 「救い主の誕生の知らせ」 ◎マタイ1:20~23 今回から、イエスさまの生涯を時系列で追う「イエス伝」の学びが始まりました。第一回目は、マタイの福音書に記された、父ヨセフへの「受胎告知」の場面です。婚約者マリアの妊娠を知ったヨセフは、深い葛藤の中にありました。律法の正義とマリアへの愛の板挟みとなり、彼女をさらし者にはせず、ひそかに離縁 しようと決意します。そんな人生のどん底にいた彼の夢に、神さまの使いが現れました。御使いは、生まれてくる男の子を「イエス」と名付けるよう命じます。 イエスとは「主は救い」という意味であり、民を根本的な罪から救い出すために来られた方です。また、この出来事は「見よ、処女がみごもっている。…その名はインマヌエルと呼ばれる」という旧約聖書の預言の完全な成就でした。全能の神さまは、人間の常識や科学の限界を超えて、文字通り「インマヌエル(神は私たちとともにおられる)」の約束を実現されたのです。この壮大な知らせに対し、聖書はヨセフのセリフを一言も記録していません。彼は目覚めると、自らの誇りや世間の目よりも

みたまキリスト教会
4 日前読了時間: 2分


初めに
2026.09.06 「初めに」 ◎創世記1:1 ◍創世記の概要 ヘブル語名は「べレシート(初めに)」、英語は「Genesis」、日本語は「経緯」に由来。伝統的にモーセが著者とされるが、編集者として複数の文書をまとめた。内容は宇宙、地球、命、人類、結婚、罪、言語、国、イスラエルの始まりと神と人類の契約を記す。前半は全人類に関わる期間(約2000 年)、後半はイスラエルに焦点(約193 年)を扱う。科学と矛盾せず、神の存在と創造の神学的証明を目的とする。 ◍創世記 1章 1節の解説 「初めに」は宇宙の始まりを示すが、時間的な起点を示さない。「創造した」は無からの創造を表し、神にのみ適用される。神は複数形の「エロヒム」で、三位一体を暗示。天と地はそれぞれ複数形で、神の創造の範囲を示す。この節は無神論や多神論、進化論など誤った世界観を否定し、神に生かされている人生観を促す。 <みたまキリスト教会日曜礼拝学び・メッセージステーション>

みたまキリスト教会
4 日前読了時間: 1分


大事なのは新しい創造
2026.08.30 「大事なのは新しい創造」 ◎ガラテヤ6:11~18 ◍福音の敵と律法主義者の特徴 福音の敵は律法主義者で、外見をよく見せることや迫害を恐れる傾向がある。彼らは律法を誇り、信仰と割礼を救いの条件とし、律法を守らないのに割礼を強調する。迫害を避けるために、十字架はユダヤ人にとって「つまずき」となる。 ◍信者の誇りとパウロの立場 パウロは、十字架だけを誇りとし、律法や割礼は重要ではないと強調。信仰による新しい創造が救いの本質であり、外面的な儀式は無意味。「新しい創造」とは、聖霊の働きによる全面的な変化を指す。 ◍祝祷とパウロの証し パウロは、自身の傷はイエスの焼き印とし、律法主義者からの攻撃の証拠とした。兄弟たちへの祈りとして、イエス・キリストの恵みと平安を願った。 ◍結論と信仰の基準 ガラテヤ6:16 は、信仰義認の基準に従う人々と神のイスラエルに平安と憐れみを祈る内容。「この基準に従う人々」とは、恵みと信仰による信者たち。割礼や形式は重要ではなく、「新しい創造」が救いの確信であると強調される。 <みたまキリスト教会日曜

みたまキリスト教会
4 日前読了時間: 1分


涙の預言者エレミヤ
2026.08.23 「涙の預言者エレミヤ」 ◎エレミヤ18:1~12 先週は「涙の預言者」エレミヤの生涯を通して、「命の水」と私たちを形作る「陶器師なる主」についてみことばから聞きました。 エレミヤは南ユダ王国の末期に、バビロンに降伏せよという厳しいみことばを語るよう召された預言者です。人々から反発され、命の危険にさらされながらも、「引き抜き、引き倒し、滅 ぼし、壊し」という圧倒的な破壊と、その後の「建て、植える」という回復のメッセージを語り続けました。 当時の民は、命の水の源である神さまを捨て、水をためることができないひび割れた水ためを掘っていました(エレミヤ2 章13 節)。これは、自らの正しさや凝り固まったこだわりにしがみつく、私たちの姿でもあります。神さまはエレミヤを陶器師の家に遣わし、思い通りにならない粘土を練り直し、新しく作り直す姿を見せられました。 主は陶器師であり、私たちは粘土です。まだ柔らかいうちに神さまの介入を受け入れ、悔い改める心が大切です。失敗した器も、細かく砕かれて新しい粘土に練り込まれることで、熱に強い、より

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4 日前読了時間: 2分


御霊に導かれた奉仕
2026.08.16 「御霊に導かれた奉仕」 ◎ガラテヤ6:1~10 ◍奉仕の人生のメッセージ 罪を犯した信者への奉仕は、意柔和な心で正すことと自己戒心。重荷を負う信者には愛と励ましをもって助け合うこと。教師への奉仕は、物質的援助と信頼関係の構築。すべての人に善を行うことが求められる。 ◍罪を犯した信者への奉仕 霊的成人は柔和に罪を正し、自分も誘惑に気を付ける。「カタルティゾウ」の語源は回復や導きの意味。自分自身も誘惑に陥らないよう注意し、柔和さが重要。 ◍重荷を負う信者への奉仕 互いの重荷を負い合うことは、愛の律法を成就する。罪責感や思い上がりは重荷を負えなくする原因。自己吟味と比較を避け、自分の行いを点検すること。 ◍自己吟味と比較の重要性 自分の行動を吟味し、誇る理由は自己だけにあると気付く。他者と比較せず、神の恵みに感謝する。各人が負うべき重荷は他者と分かち合えない。 ◍教師への奉仕 教える側と学ぶ側も重荷を負い合う関係。物質的援助や信頼関係の構築が必要。「種を蒔けば刈り取りがある」の原則に従い、肉の思いに従うと滅び、御霊の思い

みたまキリスト教会
8月25日読了時間: 2分


真実の愛をささげる
2026.08.09 「真実の愛をささげる」 ◎マタイ9:9~13 みなさんは、すべてを捨ててイエスさまに従うことができますか。それができるのは、真実の愛に出会った時だけです。今回は、人生のすべてをささげた使徒マタイの姿から学びます。 マタイはもともと、ローマ帝国の手先となって同胞から税を搾取する「取税人」でした。人々から「罪人」として忌み嫌われ、孤独と虚しさを抱えていたかもしれない彼に、ある日イエスさまは「わたしについて来なさい」と声をかけられました。「生き方を改めたら」といった条件は一切なく、ありのままの姿で無条件に受け入れ、招いてくださったのです。そこにあったのは、神さまの「真実の愛」でした。取税人という職を放棄することは、二度と元には戻れない背水の陣の決断です。しかし、マタイは自らの福音書に「すべてを捨てて」とは記していません。彼にとって重要だったのは、何を捨てたかではなく、「誰に出会ったか」だったからです。 その後、マタイはイエスさまを家に招き、罪人たちを集めて盛大な宴会を開きました。彼らとの食事を批判するパリサイ人に対し、イエス

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8月25日読了時間: 2分


聖霊がもたらす人格的変化とは何か
2026.08.02 「聖霊がもたらす人格的変化とは何か」 ◎ガラテヤ5:22~26 ◍御霊の実の概要 御霊の実は人間の努力ではなく、聖霊が内に働き出す資質の集合。9 つの資質は3 つのグループに分かれる:愛・喜び・平安(心の在り方)、寛容・親切・善意(隣人への行為)、誠実・柔和・自制(信者の行動)。愛は他の資質の土台であり、神の性質を反映。喜びは状況に左右されない心の深さ、平安は試練の中でも動じない静寂。寛容は忍耐と復讐心の欠如、親切は善意の行動、善意は心のまっすぐさ誠実は信頼、柔和は忠実さと優しさ。自制は肉の欲望の制御。 ◍御霊の歩みと実践 信者はイエスと一体化し、肉の性質に支配される必要はない。自分の肉を十字架につけ、聖霊に導かれて歩むことが求められる。御霊による新生と日々の歩みが重要で、挑み合いや妬みを避けるべき。聖霊は信者の内に住み、キリストの姿を形成し続ける。 ◍賜物と実 聖霊の賜物は教会建設のために与えられ、愛の優越性と行使の仕方が教えられる。賜物はいつか不要になり、最終的には御霊の実がキリストの姿を映す。聖霊の内住と働きによ

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8月25日読了時間: 1分


自分にできることをしたマリア
2026.07.26 「自分にできることをしたマリア」 ◎マルコ14:3~9 「聖書時代の女性」と聞くと、家の中でおとなしくしていたという固定観念を持つかもしれませんが、実際は違います。ビジネスで財力を持ち実務的奉仕で教会を支えたルデヤや、霊的な奉仕でみことばを取り次いだ士師デボラなど、たくましく自立した女性たちが数多く登場します。女性の献身について、神さまが何を語っておられるかを聖書全体のメッセージから深く探求する姿勢が大切です。 さて、ベタニヤのマリアは、イエスさまがもうすぐ十字架にかかられることを誰よりも深く悟っていました。彼女は自分の持っている最も高価な香油が入った石膏の壺を割り、イエスさまの頭に注ぎかけました。弟子たちは「高く売って貧しい人に施せばよかったのに」と憤慨します。彼らの頭には、「高価なものは換金して慈善事業に使うべきだ」という従来からの固定観念(スケーマ)が凝り固まっていました。しかしマリアは、その固い考え方を打ち砕くように、目の前におられる主が一番喜ばれることを柔軟に、そして大胆に実行したのです。 私たちは、「こうで

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8月25日読了時間: 2分


罪に打ち勝つ秘訣は何か
2026.07.19 「罪に打ち勝つ秘訣は何か」 ◎ガラテヤ5:16~21 ◍罪に打ち勝つ秘訣のメッセージ 2つの性質:御霊による新しい性質と肉の古い性質が対立。信者は御霊に従い、肉の欲望を満たさないように努める必要がある。 ◍御霊と肉の対比 御霊に導かれると律法の下にいない状態になり、自由を得る。肉のわざは淫乱、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、争い、ねたみ、泥酔など多岐にわたる。これらの罪を習慣的に行う者は神の国を相続できないと警告。 ◍罪に対する勝利の実践 御霊に歩むことが罪に打つ勝つ唯一の方法。聖霊とのコミュニケーションと依り頼む習慣を持つことが重要。聖霊に主導権を譲り、キリストの栄光を表す生活を目指す。 ◍クリスチャン生活の自己点検ポイント 内に二つの性質が宿っているかを確認。聖霊とのつながりを維持し、日々のデボーションを行う。聖霊により頼み、神の栄光を願うことが勝利の鍵。 ◍結論と実践的アドバイス 自分の内面の葛藤を認識し、恵みと信仰による救いを求める。聖霊の導きに従い、キリストの栄光を反映させる生活を心がける。...

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8月25日読了時間: 1分


終わりまで従い通す
2026.07.12 「終わりまで従い通す」 ◎ヨハネ12:23~26 新約聖書には、初代教会の七人の奉仕者の一人である伝道者ピリポが登場します。ペンテコステからスタートした教会では、配給の偏りによる弱者への差別を解決するため、あえて少数派であったヘレニスト(ギリシア語を話すユダヤ人)の中から、ピリポやステパノたち七人がリーダーに選ばれました。しかし、その 中の一人ニコラオが後に道を踏み外したと言われるように、「終わりまで従い通す」ことは決して簡単ではありません。 七人の筆頭であったステパノは、迫害者のために赦しを祈りながら石打ちに遭い、最初の殉教者となりました。。ヨハネの福音書12 章24 節にある「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。 しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」というみことばの通り、彼が死んだことで教会は散らされ、結果として福音は世界中へと広がっていきました。 一方で、伝道者ピリポの歩みは対照的です。彼は聖霊に導かれてエチオピアの宦官にみことばを伝えるなど華々しい活躍をした後、聖書の記述からは一旦姿を

みたまキリスト教会
7月21日読了時間: 2分


クリスチャンはなにをしてもいいのか
2026.07.05 「クリスチャンはなにをしてもいいのか」 ◎ガラテヤ5:7-15 信仰生活はレースに例えられ、妨害者が信者の走りを妨げる。律法主義者の教えは神から出たものではなく、信者の自由を妨害する。小さな誤った教えも全体に影響し、福音の破壊につながる。パウロは、妨害者はさばきを受けると警告。 ◍わずかなパン種(7~10) 信仰のレースを妨害する者がいる。律法主義者のリーダーが想定される。パウロは、律法主義の教えは神からのものではなく、福音から逸脱させると指摘。小さな誤りも全体に影響し、信者の判断力を試す。妨害者はさばきを受けると確信。 ◍十字架のつまずき(11~12) パウロは、割礼を教えるなら迫害はなくなると指摘し、福音の本質を守るために迫害を受けていると説明。律法主義者への皮肉として、「切除」や「去勢」の比喩を用いる。十字架はユダヤ人と異邦人にとって「つまずき」であり、人間の努力や業では救 えないことを示す。 ◍キリスト者の自由(13~15) 信者は自由に召されたが、その自由は肉の欲望のために使うべきでない。愛をもって互いに仕

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7月21日読了時間: 2分


愛の中にとどまり続けた使徒
2026.06.28 「愛の中にとどまり続けた使徒」 ◎Ⅰヨハネ4:7~10 今回は、ゼベダイの子ヨハネの生涯から神さまのみこころを学びます。かつて「雷の子」と呼ばれた彼が、なぜ後に「愛の使徒」と呼ばれるようになったのでしょうか。 ヨハネの福音書を読むと、彼は自分の名前を名乗らず「イエスが愛された弟子」と自己紹介しています。他者の評価に振り回されるのではなく、イエスさまがどれほど自分を愛してくださっているか、ただひたすらにその「主の愛」だけを見つめ、そこにとどまり続けたのです。晩年に書かれた短い第一ヨハネの手紙には、「愛」という言葉がなんと52回も登場します。まるで究極の「被愛妄想」のように、ダイナミックで生きた愛の交わりにどっぷりと浸かっていたことがわかります。 決して完璧な優等生ではなかったヨハネですが、一度は恐怖で逃げ出した後、十字架の下に戻ってきました。自分の弱さを抱えながらも「ただイエスさまのそばにいたい」という思いでそこにとどまった彼に、イエスさまはご自身の母マリアを託されます。最後まで愛の中にとどまってくれたヨハネだからこそ安

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7月21日読了時間: 2分


律法主義はなぜ良くないのか
2026.06.21 「律法主義はなぜ良くないのか」 ◎ガラテヤ5:1~6 律法主義の弊害: 恵みを破壊し、人に重荷を負わせる。割礼を受けると律法全体を守る義務が生じ、負債状態になる。愛の行為を生まず、信仰は愛による働きとなる。 律法主義は恵みを破壊: キリストは自由を得させるために解放し、律法は人にできないことを要求し、罪に定める。信者は律法の下から解放され、聖霊による自由な生活を送る。かつて偶像の奴隷だった異邦人も、信仰によって自由となる。礼を受けると律法全体を守る義務が生じ、負債となる。律法は完全に守ることが求められ、一つでも過ちがあれば責任を負う。中間は存在せず、救いのために割礼を受ける ことは警告される。 律法主義は愛の行為を生まない: 律法による義は失われ、恵みから離れる危険性がある。信仰は待ち望むものであり、義とされる望みは御霊による。真の信仰は愛による働きとなり、行いに表れる。 結論: パウロは自身の使徒権威をもって律法の御用を警告。信者は義とされる望みを御霊と信仰によって待ち望む。重要なのは割礼ではなく、愛による信仰と行

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7月21日読了時間: 1分


イエスの杯とバプテスマ
2026.06.14 「イエスの杯とバプテスマ」 ◎マルコ10:35~40 イエスさまは、権力の座を求めてきたヤコブに「わたしが飲む杯を飲み、わたしが受けるバプテスマを受けることができますか」と痛烈な問いを投げかけられました。 ヤコブはその本当の意味を全く理解しないまま、「できます」と無邪気に答えました。ヤコブは情熱的にイエスさまに従った一方で、人を押しのけてでも自分の正しさを証明しようとする、野心と怒りに満ちた不完全な人物でした。サマリヤの村で歓迎されなかった時には、「天から火を降らせて焼き滅ぼしましょうか」と息巻き、「雷の子」と呼ばれていました。本来ならば、他者を排斥しようとするヤコブ自身こそが、神さまの裁きの「杯」を飲まなければならない存在だったのです。 しかし、イエスさまは私たちが飲むべき「呪いと裁きの杯」を、十字架の上で代わりに飲み干してくださいました。私たちが受けるはずの刑罰をイエスさまが担い、その苦しみにどっぷりと浸される(バプテスマ)ことによって、私たちの罪は赦されたのです。 だからこそ、私たちはもはや自分の正しさを証明す

みたまキリスト教会
6月23日読了時間: 2分


奴隷の子か自由の子か-比喩に基づく議論-
2026.06.07 「奴隷の子か自由の子か-比喩に基づく議論-」 ◎ガラテヤ4:21~31 パウロは、律法を守ることで救われようとする「律法主義(ユダヤ主義)」に傾きつつあったガラテヤの教会に対して、創世記に登場するアブラハムの2 人の妻(ハガルとサラ)と2 人の息子(イシュマエルとイサク)の物語を「比喩(寓意)」として用い、「律法(奴隷の身分)」と「神の恵み・約束(自由な身分)」が絶対に両立しないことを論証しています。 1. 2人の息子と 2人の母の対比(4:21〜23) パウロは創世記の記述をベースに、2人の誕生の背景の違いを強調します。女奴隷ハガルの子(イシュマエル):人間の知恵や努力(肉)によって生まれた。これは「自分の行いや律法によって義と認められようとする姿」を象徴します。自由の女サラの子(イサク):人間の不可能性の中で、神の「約束」によって超自然的に生まれた。これは「神の恵みと信仰によって新しく生まれたクリスチャン」を象徴します。 2. 2つの契約の比喩的解釈(4:24〜27) パウロはこの 2人の女性を「2つの契約」に重ね

みたまキリスト教会
6月23日読了時間: 2分


産みの苦しみ-感情に基づく議論-
2026.05.31 「産みの苦しみ-感情に基づく議論-」 ◎ガラテヤ4:12~20 パウロはガラテヤ人たちを「兄弟たち」と呼び、自らを信仰の手本として示します。パウロ自身がキリストを信じたことで律法から自由(異邦人のよう)になったように、回心後に再び律法の下に入ろうとしているガラテヤ人たちに対しても、自分のように律法から自由になるよう懇願しています。 最初の出会いと歓迎: パウロが最初にガラテヤ地方で福音を伝えたのは、彼自身の「肉 体の弱さ(病気など)」がきっかけでした。その弱さは周囲から軽蔑されかねないものでしたが、ガラテヤ人たちはパウロを「神の御使い」や「キリスト・イエス」であるかのように温かく受け入れ、当時は「自分の目をえぐり出して与えたい」と思うほどの大きな喜びと感動に溢れていました。 態度の変貌: しかし現在、彼らはその感動を失い、真理を語り続けるパウロを「敵」とみなすような危険な状態に陥っています。 律法主義者の策略: ガラテヤ人を取り込もうとする律法主義者たちの熱心さは、善意からではなく「自己中心的」なものです。彼らの狙い

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6月23日読了時間: 2分


力あるわざと不思議としるし
2026.05.24 「力あるわざと不思議としるし」 ◎使徒2:22 「復活だけはどうしても信じられない」。そうおっしゃる方がいるかもしれません。それは正直な気持ちだと思います。では、どうすれば納得できるのか。証拠を提示すれば信じられるのでしょうか。実は、神さまは私たちに「信じられるかどうか」ではなく「救われたいかどうか」を問うておられます。 ペテロは、イエスさまが救い主である十分な証拠として、「力あるわざと、不思議と、しるし」がすでに歴史の中に示されたと語ります(22 節)。「しるし」とはサイン、行き先を示す看板です。すなわち「この神の御子、救い主イエスについて行け」という看板です。神さまの側からの証拠はすでに出揃っているのです。 本来、自分勝手に滅びへと向かっていた私たちを救わなければならない道理など、神さまには何一つありませんでした。それなのに、神さまはご自身の道理を曲げてまで十字架にかかり、命を捨てて恵みの手を差し伸べてくださいました。救う側の神さまが命がけで愛してくださっているのに、救われる側の私たちが腕組みをして「ちゃんとした証

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6月23日読了時間: 2分


神の時は満ちた
2026.05.17 「神の時は満ちた-ディスペンセーションに基づく議論-」 ◎ガラテヤ4:1-11 ガラテヤ地方の教会は律法主義の影響を受けており、パウロはこれに反論するために書簡を送った。手紙は個人的弁明(使徒職 )、今日的教え(信仰義認)、実践的教え(キリスト者の自由)の三部構成。3~4 章は教理的内容で、旧約聖書を用いて律法主義者を論駁。特に4 章の1~11 節はディスペンセーション(神の計画の区分的展開)に基づく議論。 神の計画が進展する過程で明確に区分される神の経綸を指す。これにより、神の救済史の異なる時代や段階を理解できる。 パウロはローマ法の子どものたとえを用い、未成年の相続人は財産を持つが自由に運用できず奴隷と同じ状態にあると説明。これを霊的に適用し、信者はかつて律法や世の霊の下に奴隷だったが、神の時にイエス・キリストの誕生と律法の下に遣わされたことにより、成人(霊的成就)となった。イエスは神の子として人となり律法の下に置かれ、贖いのために死ぬことで律法の呪いを受け、信者は信仰によって子とされ、神の相続人となる。...

みたまキリスト教会
5月24日読了時間: 2分


永遠のいのちのイエス
2026.05.10 「永遠のいのちのイエス」 ◎ヨハネ17:1-12 人は、「死」というお墓に閉じ込められており、その重い石の蓋を自力で開けることはできません。死はいつやってくるかわからないからこそ、私たちにはその時のための準備が必要です。その準備とは、イエスさまを信じることです。 イエスさまは「永遠のいのちとは、唯一まことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです」(ヨハネの福音書17 章3 節)と祈られました。聖書の言葉で「知る」とは、頭で情報を理解するのではなく、深く愛し合い、一つに結ばれることを意味します。つまり、永遠のいのちとは「イエスさまとぴったり一つになること」なのです。私たちが自分の弱さを認めてイエスさまを信じるとき、イエスさまの復活の力と一つになり、自分では決して開けられなかった、重い死の蓋が、神さまの力強い御手により取り除かれるのです。イエスさまの復活が、そのまま私たちのものとなるのです。 さらに、天国へ向かう道のりは決して一人ぼっちではありません。イエスさまは、私たちに「助け主」である聖霊を

みたまキリスト教会
5月24日読了時間: 2分


キリストにあって一つ
2026.05.03 「キリストにあって一つ-論理に基づく議論-」 ◎ガラテヤ3:15-29 ガラテヤ地方の教会は律法主義の影響を受けており、パウロはこれに反論するために書簡を送った。手紙は個人的弁明、教理的教え、実践的教えの三部構成で、特に3章から教理的議論が始まる。3章の内容は体験、聖書、論理に基づく議論に分かれ、今回は論理的議論(15-29)に焦点を当てる。 契約の普遍性(15-18) 人間の契約は一度結ばれると無効化や付加ができず、神の契約も同様に永遠に有効。アブラハムとその子孫への約束は、律法が与えられる前に成就し、律法によって変更されない。パウロは、アブラハムの子孫はキリストを指し、キリストにあって約束は永遠に成就することを示す。 律法の目的(19-25) 律法は約束を受けた子孫が来るまでの違反を示すために与えられたもので、一時的なものである。仲介者(モーセ)を通じて制定され、神だけが責任を持つ片務契約。律法は罪を指摘し、信仰による義に導く養育係としての役割を果たす。律法は救いの手段ではなく、罪を示し、キリストに導くための準備だ

みたまキリスト教会
5月13日読了時間: 2分
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