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執筆者の写真みたまキリスト教会

主イエスは病を直す方

2024.06.02



◎ルカ4:16-30

今朝の箇所では、預言者イザヤが救い主の到来を数百年前に予言し、それがイエスによって実現したことを示す出来事が語られています。イエスはナザレで育ち、ある時、故郷の会堂でイザヤ書の朗読を任された時に、自分がその救い主であると宣言しました。この宣言に故郷の人々は驚き、彼を疑いました。イエスは、人々が真実を受け入れないことを見越し、旧約のイスラエルの事例を挙げて指摘しました。私自身も持病をいくつか抱えています。生まれつき軽度の骨形成不全症という指定難病を抱え、また、心臓弁膜症で手術を受け、その後は自律神経失調症やパニック障害も患いました。これらの病気により不安や困難を経験しましたが、教会の信頼と支えに感謝しています。本日のテーマ「主イエスは病を直す方」について、私自身も肉体の病気は完治していなくとも、魂の病み(闇)は神との出会いによって「直った」ことを経験しました。本来「直す」という表現は、壊れたものを修理することや、特に西日本では散らかったものを元の場所に戻す意味で用いられます。魂の病みが直されたことで、私と神との関係は修復され、あるべき場所に帰り、元の姿を取り戻しつつあるのです。現代人は悪に向き合うことができないと言われます。多様な価値観や相対主義的な考え方が中心になっている世にあって、罪の認識に向き合うことが難しくなっているのです。罪の病の症状として、虚栄、自己中心、敵意、人を恐れることなど、挙げればきりがありません。しかし、人々はこれを直視できずにいるのです。私も同じく罪を抱えている一人ですが、神の赦しと愛に出会い、神の愛によって罪に向き合う勇気が与えられ、救われてその症状が改善していく癒しの旅路を経験しているのです。あなたの病は必ず直ります。これまでの牧師としての経験において、教会を訪れた人々にそうはっきり伝えるべきこともあったと懺悔しています。主イエスはたましいの医者であり、病を直すためにこの地に来られたことは強調してもしすぎることはありません。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>

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