十字架の死と復活①
- みたまキリスト教会
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2025.10.05
「十字架の死と復活①」
◎ヘブル9:26-28
先週、父の逝去に加え、短期間に相次いで三名の訃報に接し、私たち誰もがいつかは迎える「死」という現実をおぼえさせられました。聖書は、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」と教えています(27 節)。この世の騒がしさの中で忘れがちなことですが、人の死に触れるとき、私たちは自らも死すべき者であることを思い起こします。その備えはできているでしょうか。本当に必要な備えは、葬儀の準備や相続といった地上の「終活」ではなく、「死後」についての備えです。私たちは皆、この地上での肉体の死だけでなく、その後の「さばき」への備えをしなければなりません。では、どうすれば死後の備えができるのでしょうか。それは、神のひとり子イエス・キリストが、私たちの罪を取り除くために、ご自分をいけにえとして十字架にかかり、死んでくださったという真理を受け入れることです。イエスさまの十字架の死は、私の罪を身代わりに背負うためだったのです。しかし、イエスさまの贖いは十字架で終わりません。死からよみがえり、天に昇られ、ご自分を信じる人々のために天国に場所を用意してくださっています。そして、イエスさまは再び来られます。「二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待ち望んでいる人々の救いのために現れてくださいます」(28 節)。イエスさまは今朝、「あなたのためにも居場所を準備してあるよ」と招いておられます。私たちはこの招きに「はい、主よ、参ります」と答えられるよう、イエスさまを 信じる信仰の備えをしましょう。イエスさまの救いを受け入れ、天国の永遠の命への備えを完了することが、人生における最も大切な「死への備え」なのです。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>
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