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神さまへのささげもの

  • 執筆者の写真: みたまキリスト教会
    みたまキリスト教会
  • 7月22日
  • 読了時間: 2分

2025.06.15

「神さまへのささげもの」

◎レビ1:1-17

レビ記の捧げ物に関する規定は、一見すると現代の私たちには関係ないように思えるかもしれません。律法を「祭儀律法」「道徳律法」「司法律法」の三つに大別する解釈があります(厳密には重なり合う部分も)。祭儀律法、特に動物のいけにえの規定は、イエス・キリストが私たちすべての罪のための「子羊」として自らを犠牲にされたことで完全に成就しました。これにより、私たちは罪を犯すたびに動物のいけにえをささげる必要がなくなりました。道徳律法は神の性質を反映し、きよい生き方を教えるもので、イエスさまによってその本質が示され、深化しました。ゆえに現代も私たちに適用されます。司法律法は当時のイスラエル社会の法律ですから、そのまま守ることはありませんが、その根底にあるものは、変わらない愛の原則として今も重要です。レビ記1〜7章に示される五種類のささげもの(全焼のいけにえ、穀物のささげもの、和解のいけにえ、罪のためのいけにえ、罪過のいけにえ)は、大きく「感謝」と「謝罪」に分けられます。全焼のいけにえは「なだめの香り」として、神との根本的な断絶がある人間が、神との交わりを始めるための感謝のしるしでした。和解のいけにえは、神との和解と、共に食卓を囲む喜びと感謝を表しました。罪のいけにえは「意図しない過 失」、罪過のいけにえは「故意の罪」に対して、神の赦しと贖いを求めるものでした。新約聖書では、これらすべてが、イエス・キリストのただ一度きりの十字架の犠牲によって完全に果たされたと教えられています。ここから学ぶべきことは、まず、私たちには自身の罪ゆえに神との間に溝があり、埋める必要があるということです。イエスさまが私たちの罪の代価をその命をもって支払ってくださったおかげで、溝を埋め、恐れることなく大胆に神の御前に進み出ることができる者としてくださったのです。そしてイエスさまの復活は、私たちの罪も罪過も確実に消し去られたことの証しです。また、このレビ記の学びを通して、私たちはキリストがご自身を犠牲にされた模範に倣うことを教えられます。神がささげものの規定を与えたのは、民の罪を赦し、再び親しい交わりを回復したいと、神が願われたということです。私たちも神が招いておられる愛の食卓へと隣人を導くために、献身の歩みを続けましょう。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>

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