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真実な創造者にゆだねよ

  • 執筆者の写真: みたまキリスト教会
    みたまキリスト教会
  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

2026.02.01

◎Ⅰペテロ4:12-19

⼈⽣には時として、思いがけない「⽕のような試練」が襲います。しかしペテロは、「驚き怪しんではなりません」と語ります。それは神さまのご計画におけるエラーではなく、私たちを純⾦のように練りきよめるためのプロセスだからです。

苦しみには、⾁の罪によるものと、キリスト者としての苦しみがあります。後者は恥ではありません。私たちがイエスさまに従い、この世に「神の義と愛」という光を持ち込むとき、世の価値観との間に摩擦が⽣じます。私たちは世の安寧を揺るがす「特異点」であり、愛ある⼲渉者です。その摩擦による痛みは、私たちが天のいのちを宿し、正常に機能している証拠なのです。

また、「さばきが神の家から始まる」とは、愛する⼦らを最⾼傑作にするための神さまの熱⼼な取り扱いを意味します。「かろうじて(苦労して)救われる」という聖書の⾔葉には、曲がりくねった私たちを何とかして真っ直ぐにしようとされる、陶器師

なる主の深い愛の労苦が込められているように思います。

苦難の中で、無理に笑顔を作る必要はありません。煤(すす)だらけの顔のままで、神さまの御前に出ましょう。私たちの個性、弱さ、⽬的のすべてを知っておられる「真実な創造者」にたましいをゆだねるのです。礼拝の中で神さまの愛に浸り、恐れが平安へと書き換えられていくとき、私たちの顔は、モーセのように神の栄光を映して輝き始めることでしょう。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>

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