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いのちのパン(1)

  • 執筆者の写真: みたまキリスト教会
    みたまキリスト教会
  • 2018年6月23日
  • 読了時間: 1分

2018.06.17

◎ヨハネの福音書6:35、47~48

主イエスは「わたしがいのちのパンです」と言っておられます。クリスチャンにとってはなじみ深いことばであり、意味深いことばです。旧約時代でパンと言えば、まず「マナ」ですが、イスラエルの民は荒野で40年間マナと神のことばによって命をつなぎました。古代イスラエル人にとってパンは、神秘的な命の糧で、いのちを長らえるための必需品で、大変貴重で、価値のあるものでした。パンは、物々交換にも契約にも用いられました。パンをともに食する、つまり、食事をともにすることは和解をすることであり、契約を結ぶことでした。聖書のあちこちにパン、糧、食、食物などパンを用いた聖句を多く見ることができます。それだけイスラエルの民や神を信じる者にとって、パンが密接なものであることが分かります。過越の祭が原型である聖餐式にもパンが用いられ、それは主イエスとの契約を意味しています。いのちとパンの関係を今一度考えてみましょう。

(BFPTLより奨励・信徒)

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