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キリストは花嫁を待っている

  • 執筆者の写真: みたまキリスト教会
    みたまキリスト教会
  • 1月9日
  • 読了時間: 2分


2024.11.17

「キリストは花嫁を待っている」

◎黙示録19:1~10

ついに黙示録に示された「予言」も世界の回復と神の子羊の完全勝利へと向かっていきます。この章には福音の全体像、つまりこの世界の成り行きが示されているので、これを読むときに私たちは人生の目当てを見出すことができます。福音とは罪の処理の仕方を教えることではなく、神のみこころの全体像を伝えることです。十字架の贖いは福音の中核ではありますが全部ではないのです。ハレルヤ!という叫び声がこだまする新約聖書で唯一の箇所です。「アーメン(ギリシャ語)。ハレルヤ(ヘブル語)。」と並んでいるのは新約と旧約が一つとなったような象徴的な表現に思います。二十四人の長老も、12族長と、12使徒を表すように思います。イスラエルの物語の下地があり、ダビデの裔としてイエスが来られ、教会の物語が始まり、そして私の物語はその連続性の中に組み込まれているのです。神は必ず悪を滅ぼされます。罪も死もサタンも滅ぼされます。その勝利の宴においてハレルヤ(神をほめたたえる)と叫ばれているのです。また、全能者を崇めるこの礼拝の風景は、子羊の婚礼の宴であることが示されています。私たちの毎週の礼拝も、婚礼(婚約?)の宴といえます。キリストが花婿で、教会(私たち)が花嫁です。私たちはキリストの花嫁であるというアイデンティティーを持つことが大切です。聖書は神がどのようなお方であるかを示すと同時に、私たちがどのような者であったか、そしてどのような者に再創造されるのかを語っています。私たちは罪に汚れた者でしたが、子羊の血で洗われた真っ白な衣を着せられた花嫁へと生まれ変わるのです。アイデンティティーが定まることによってどのように生きるべきかが分かります。私たちは神の愛し子であり、キリストの花嫁です。神に絶対的に愛されているのです。花嫁は花婿が迎えにきてくださる日のために準備します。また、花婿キリストも私たちの用意ができるのを今か今かと待ち望んでおられるのではないでしょうか。顔と顔を合わせて会うその日には「私の美しい花嫁よ」と呼んでくださいます。正しい行いにより花嫁となるのではなく、花嫁であることが、愛する方を喜ばせる正しい行いへと向かわせるのです。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>

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