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奉献物としてのパン

  • 執筆者の写真: みたまキリスト教会
    みたまキリスト教会
  • 2018年5月26日
  • 読了時間: 1分

2018.05.20

◎レビ記 23:15~22

十字架による贖いの死を遂げられ、大麦の初穂のひと束が捧げられた主の復活節から数えて五十日目にあたる五旬節には、小麦の初穂によって焼かれた大きなパンが二個、主の御前にささげられました。この二個のパンは、天から下(くだ)られた命のパンであられる主イエスさまと、もうひとりの助け主であるご聖霊を象徴していると受け止められると思われます。私たちは主のご再臨の日を心を込めて待ち望むことと、御聖霊を私たちの存在の奥底にまで受け入れ、御霊の火によって、私たちの自我や肉欲、罪や穢(けが)れなどがことごとく焼き尽くされ、私たちが本物の生きた聖なる供え物とせられ、真にキリストが私たちの王座を占めてくださるように、待ち望むことは極めて重要なことなのです。 (学び・牧師)

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