必要なことは一つ
- みたまキリスト教会
- 1月9日
- 読了時間: 2分
2024.11.24
「必要なことは一つ」
◎ルカ10:38~42
イエスさまは、ベタニヤの町をよく訪れました。そこには、マルタとマリアとラザロの姉弟が住んでいて、彼らとは特別親しかったようです。今回もイエスさまは弟子たちと一緒に彼らの家に行きました。大勢のお客さんをもてなすため、マルタは張り切って準備したことでしょう。それはイエスさまを愛するがゆえのことでした。たくさんの料理やぶどう酒を準備して、それを運んだり、お皿を片付けたり大忙しです。そんなときに、妹のマリアがイエスさまのそば近くで、イエスさまのお話にじっくり耳を傾けているのが目に入りました。「私だってイエスさまのお話を聞きたいのに…」そんな思いがあったかもしれませんね。「妹がちゃんと手伝ってくれていたら、早く接待の用事が終わって、二人ともにお話を聞けただろうに」そんな合理的な考えも私(筆者)なら浮かぶかもしれません。とうとう、イライラとモヤモヤが頂点に達して文句が口から出てしまいました。「私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。」イエスさまに向かってそう言ったのです。あまりにも忙しいのでつい言い過ぎてしまったようです。妹への批判ではなく、イエスさまへの批判になってしまいました。しかし、イエスさまはマルタの心の深いところまでご存じです。マルタがイエスさまを愛して、そのためにあくせく働いていたこともご存じです。イエスさまは優しくたしなめるように「マルタ、マルタ」と呼びかけました。「あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています」もしかしたら、この日の出来事だけではない、これまでのことや、思考の癖や、そんな心の奥深くにある「いろいろなこと」も指して言われたのかもしれません。それらでマルタは「心を乱して」いると言われました。マリアにも心を乱されるような「いろいろなこと」があったでしょう。しかし、この時は、イエスさまのみことばを聴く時を逃すまいと、たった一つの大切なこと、いろいろなことの中で一番良いほうを選んだのです。私たちにも心を割くべき「いろいろなこと」があります。役割や社会的責任もあります。しかし、主を慕い、みことばを聴くこと以上に大切なことはないのです。<清和キリスト教会YOUTUBEオンライン礼拝・小林泰輔牧師>
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